はじめに

2011年3月11日東日本大震災が起きた日、幼稚園年長だった息子は卒園式を前に、生まれて初めて一人でお留守番をしていました。

出かけていた私は幸いにも30分以内に家に戻ることができましたが、友達同士でディズニーシーに行っていた中学1年生だった娘と都内にいた主人は、次の日のお昼過ぎまで横浜の家に帰ることができませんでした。

もし私が帰れなければ、年長の子どもが家でひとり、何か食べることはできたでしょうか。

家にたくさん食品があっても、小さな子どもが1人で食べられる物はほとんどない事に気が付き、この日がきっかけで災害食に強い関心を持ち、研究をはじめ、管理栄養士として災害食に力を注ぐようになりました。

震災直後、日本栄養士会から被災地支援の要請があり、すぐに手をあげましたが、幼い子どもを置いていくことが出来ず、自分は役立たずだと辛くなり、被災者の方々に申し訳なく、後ろめたい気持ちになりました。

しかし被災地に行くことが出来なくても、自分に出来ることはあるはずだと気持ちを入れ替え、現在は日本栄養士会災害支援チームのリーダーとなり、防災士、日本災害食学会災害食専門員、横浜防災ライセンス、環境アレルギーアドバイザー、エコ・クッキングナビゲーター、水のマイスターなどの資格を生かし、防災食アドバイザーとして全国で備えることの大切さをお伝えしています。

どんな状況を想定しておけばいいのか

過去の大規模災害でライフラインの復旧に要した日数は、電気が約1週間、ガス、水道が約1か月間。2019年の台風15号、19号によって起こった停電は長期間におよび、日常生活に大きな影響を与えました。

ライフラインがストップしても、災害が起きて3日間は人命救助が優先されるため、救援物資はすぐには届かないでしょう。また、道路が寸断して届かないことも考えられます。

最低3日間、できれば1週間しのげるように自分で備えておくことが大切です。

防災食備蓄の目的は「災害、新型感染症、病気・ケガ、テロ」

地震や水害、大雪、噴火など、近年くりかえし大きな自然災害が起きています。

2020年には新型コロナウイルス感染症の広がりで、学校に行けなくなったり、ものが手に入りにくくなったりもしました。

地震だけでなく、大雪や台風などの自然災害、新型インフルエンザ、テロ、突然の体調不良に備えても備蓄は必要です。

ローリングストック 食べたら買い足す習慣で、どんなときにも安心を

防災対策を習慣化できるローリングストック

備蓄食材を普段から使い回しながら災害に備える「ローリングストック」。

ローリングストックは、備蓄できる食材をいつもの食事に取り入れながら、食べた分だけ買い足すことで、いざというときに備えようというやり方です。

食材の備蓄については、「自然災害に備える場合は1週間以上、新型感染症に備える場合は2週間分以上必要」と政府は推奨しています。もしも自身や家族に新型コロナウイルス感染の疑いがあれば、2週間程度の外出を避けなければならないでしょう。ローリングストックを習慣づけておけば、自然災害はもちろん、このようなパンデミック時にも安心です。

上手に取り入れれば、日々の調理の時間短縮にもつながります。普段の買い物で、使ったものを買い足すだけで防災対策を習慣化できる点がローリングストックの大きな特徴。家族と一緒に調理や食事をしながら防災の話をするなど、日頃から防災意識を高めることにもつながります。

非常食=特別なものとして準備しておくと、備蓄したまま賞味・消費期限が切れてしまい、廃棄せざるを得なくなる場合もあります。ローリングストックであれば、食材を無駄にしないで普段の食卓に並べることができ、防災食(備蓄食品)のフードロスを防ぐことができます。また、非常時にいつも食べ慣れたお味噌汁が一杯あるだけでも、ホッと安心できるものです。

ローリングストックは消費が大切

「何を買っておけば良いの?」とよく聞かれますが、その答えに正解はありません。どれだけ備蓄に適した食材であっても、好みの味でなかったり、上手に調理できなかったりすれば、そのご家庭におすすめの備蓄食材とはいえないからです。

ローリングストックでは、“備える”ことに目が行きがちですが、“上手に食べる”ことがとても大事です。

消費することを意識してください。そのためにはしまい込まず、取り出しやすくしておくことが重要です。

備蓄できる野菜と要配慮者の食事も忘れずに

スーパーでは冷蔵と冷凍コーナー以外の棚を見てください。常温保存可能な加工食品はすべてローリングストックできます。普段の食事を思い浮かべながら、使いながら備えられる食材を考えてみましょう。

特に災害時には野菜や果物の摂取が不足しがちです。普段の食事にも、災害時にも、野菜や果物の代替として備蓄食材を上手に取り入れられるよう、野菜ジュース、トマトジュース、フルーツジュースや野菜入りレトルトスープ、ドライフルーツなど、工夫してみてください。

食事の配慮が必要な高齢者、乳幼児、妊産婦、食物アレルギーをお持ちの方は、それぞれにあった備蓄を少し多めに用意しておきましょう。

カセットコンロも必ず準備

ガスや電気が止まった場合を想定して、カセットコンロは必ず準備してください。ガスボンベは1ヵ月間ガスや電気が使えない場合を想定して、4人家族であれば15~18本備蓄することが推奨されています。

ガスボンベやポリ袋、ラップにも使用期限があります。食材だけでなく、調理アイテムも普段から使って、ローリングストックをしておきましょう。

備蓄は3つの「見える化」

備蓄食料は台所にしまうことが多いと思いますが、割れた食器などで足の踏み場がなくなるなど、台所は危険ゾーンとなります。リスクを分散させるためにも分散備蓄をおススメします。

常温保存可能な食材はどこに置いておいても大丈夫。我が家は和室の本棚に缶詰やレトルト食品を並べています。もしもの時はその場所で食べられるように、食具とウエットティッシュとゴミ袋も置いています。水は各部屋に置いておきましょう。

① 家族に見える化

備えるもの、場所などは家族と共有することが大切。せっかく備蓄していても、自分だけが把握しているだけでは、家族を守ることができません。

② 食べ方の見える化

もし災害が起きた時「食べ方がわからない」「口に合わない」では意味がないので、ふだんから食べ慣れているものを選んで備蓄しましょう。

③ 賞味期限の見える化

缶詰を購入したら、見やすい場所にペンで大きく賞味期限を書いておくのがおすすめ。さらに古いものから取り出しやすいように収納しましょう。

衛生的で心に寄り添うことができる「即食レシピ®」

即作れて即食べられる即食レシピは、火も水も使わず、ポリ袋を使って混ぜるだけ。衛生的で、器にかけてそのまま食べると洗い物も減らせます。

こどもに作ってもらうのもおススメです。災害が起きたあと、こどもの「役に立ちたい」という気持ちにも寄り添えます。

◇ツナと切干大根のイタリアンサラダ(材料2人分)
ツナ(食塩、油入り)…1缶
切干大根…30g
トマトジュース…100ml
(作り方)
ポリ袋に缶汁ごと材料を全て入れて混ぜる。(切干大根は水で戻しません)
※すぐに食べられますが、硬いのが苦手な方は切干大根をキッチンバサミで切ったり、ポリ袋のまま20分以上置いておくと馴染みます。

◇さばとわかめの酢みそ和え(材料2人分) 
さばみそ煮(缶詰)…1缶
乾燥カットわかめ…ひとつまみ
酢…小さじ1
白ごま…大さじ1
(作り方)
ポリ袋に缶汁ごと材料を全て入れて混ぜる。(乾燥カットわかめは水で戻さずそのまま入れます)

湯煎調理で温かいものが食べられる「お湯ポチャレシピ®」

ポリ袋の中に食材を入れて作る湯煎調理のことを「お湯ポチャレシピ」と呼んでいます。

必要最低限の水と熱源で温かい物が食べられ、繰り返し水が使えます。1つの鍋で同時に何種類も調理ができ、個別調理(アレルギー対応)が可能。炊き出しにもおススメで、ポリ袋を広げてそのまま食べれば器がなくても食べられます。

主食、主菜、汁物、デザート、何でも作ることができますが、普段からやっておかないと、災害が起きた時に急にはできません。肉、魚、野菜も美味しく調理できるので、普段からぜひ作って下さい。

―お湯ポチャレシピの注意点―
・高密度ポリエチレン製ポリ袋(半透明のポリ袋)を使う。
・たくさん作る時は1袋に量をたくさん入れず、袋の数を増やす。
・鍋底の熱で穴があかないように皿(ホイルなどでも可)を敷く。
・食材は厚さが均等になるように平らに入れる

◇ごはんとおかゆ
①(材料1膳分)
 米(無洗米)…75g(1/2合)
 水…100ml(1/2カップ)
②(材料1合分)
 米(無洗米)…150g(1合)
 水…200ml(1カップ)
③(全がゆ1膳分)
 米(無洗米)…40g
 水…200ml(1カップ)

◇高野豆腐の麻婆豆腐(材料2~3人分)
一口高野豆腐…小18個(約53g)
水…1カップ(200ml)
レトルト麻婆豆腐の素…1袋(3人分用)(トロミが別添えタイプの物は全て入れて下さい)

(作り方共通)
① 高密度ポリエチエン製のポリ袋に材料を全て入れ、空気を抜きながらねじり上げ、袋の上のほうを結ぶ。具材は袋の中で広げる。
② 皿を敷いて1/2の水を入れたなべに①を入れ、蓋をして火をつける。沸騰したら中火にし、沸騰後約20分間加熱し、火を止めて蓋をしたまま10分間蒸らす。
※高野豆腐の麻婆豆腐のみの場合は、15分加熱5分蒸らしでOK。

「知っている」聞いたことがある」を「できる!」に変える

ローリングストックを習慣化させるには、定期的な消費が大切です。「災害食の日」を設けたり、お給料日前は備蓄品消費週間と決めたりして、食べる機会を作りましょう。備蓄の場所や調理の仕方を家族で共有するきっかけにもなります。

停電・断水をイメージして、懐中電灯の明かりで、ペットボトルの備蓄水とカセットコンロで作ってみてください。食材を持ち寄り、防災ランチ®をするのもおススメ。ゴミがどれくらいになるかも分かります。

災害は知識だけでは乗り越えられません。臨機応変に対応できる力を身に付けるには「日常」で経験、体験しておくことが大切です。

災害が起きてからできることは限りがありますが、今できることはたくさんあります。まずは作ってみてください。

「知っている」「聞いたことがある」を「できる」に変えて、どんな時でも温かいものを食べることができますように。